自分の中にある価値観を激しく揺さぶられる衝撃作! 村田沙耶香『殺人出産』
表題作『殺人出産』の他、三作品を含む短編集。どの作品も、「今この世界で当たり前とされている価値観が覆されて、新しい価値観が当然のものとして多くの人たちに受け入れられている世界」を描いており、読んでいるうちに自分の中にある価値観が激しく揺さぶられる感覚を覚えた。
『殺人出産』は、「子どもを十人産んだら、一人だけ好きな人間を合法的に殺すことができる」という制度が導入された世界の話。殺人のために子どもを産むことを決めた人は「産み人」、殺人対象として選ばれた人は「死に人」と呼ばれている。
ぶっ飛んだ設定だけど、細部まで作り込まれており、登場人物たちが持っているその世界特有の考え方も自然だったので、わたしは割とすんなり作品世界に入ることができました。
この世界では「セックスと生殖」が分けて考えられていて、「産み人」は専門の病院に入院して人工授精によってひたすら産むだけの生活を送ることになる。生まれた赤ちゃんはすぐにセンターと呼ばれる施設に預けられ、「センターっ子」として希望者の家に引き取られていく。
人工子宮というものが発達しているので、男性や不妊の女性でも問題なく「産み人」になることが可能。ただし、身体に負担がかかることには変わりないので、十人産み終える前に死んでしまう人も多い。
そういった困難を乗り越えて見事「産み人」の役割を全うした人は、すぐさまセンターに殺人の申請をすることになる。「死に人」となった人には通知が届き、一カ月の猶予が与えられる。
「死に人」には自殺が認められているけど、逃亡しようとした場合は猶予がなくなって即センターに捕獲されてしまう。
どうやって殺すのかと思ったら、麻酔をかけて「あとはお好きにどうぞ」という状態らしい。殺人に倫理もクソもないのかもしれないけど、ある意味で倫理的だなと思った。
ここまでは設定の話で、物語自体は、主人公・育子の姉の「産み人」として十人目を産み終え、「死に人」を選ぶところに向かって流れていく。その間、育子の周りでは、会社の人間が「産み人」になったり、意外な人が「死に人」に選ばれたり、「殺人出産」の制度そのものに反発する活動家の人間が現れたりする。
ありとあらゆるパターンが組み込まれているので、『殺人出産』とそれにまつわる出来事や価値観について、いろいろな角度から見つめることができた。
おぞましいけどよく考えられているなあ、と感じたのは「産刑」というシステム。
いくら合法的に殺せるといっても、「何十年もかけて十人出産する」というのは拷問に等しく、そんなことをしないでてっとり早く殺してしまえという人も出てくる。そうした人たちが捕まると、「産刑」というもっとも重い刑を与えられ、刑務所の中で一生命を生み続けることになるのだとか。
命を生み出した人には命を奪う権利が、命を奪った人には命を生む義務が与えられる。
ある意味とても合理的だし、人口を保つにはたしかにそれが一番いいかもしれない、と納得してしまう自分がいた。
かなりの衝撃作だけど、たとえば「殺意」のように人がふだん目を背けがちなテーマがたくさん盛り込まれていて、ものすごく読み応えがありました。
他の作品も、三人で付き合うという恋愛の形(ポリアモリーとも違います)や、夫婦間に「性的なこと」を持ち込みたくない夫婦が人工授精以外の方法で子作りする方法(個人的にはめっちゃ笑った)、死ぬ時期や死に方を自由に選べる世界など、それぞれ興味深いテーマを扱っていました。
人間の根源的なテーマについて深く考察したいときにおすすめの一冊です。